コラム

「イクメン」であることは男性にとって得なのか?~タツノオトシゴに見るイクメン戦略の優位性と、イクメン戦略が女性にもたらすリスク~

2018-04-19掲載

~はじめに~

昨今、一億総活躍社会の実現が叫ばれ共働き世帯が急増する中、女性には産後も働き続けること、そして男性へはイクメン(育児を重視し時間も割いて取り組む男性)となることを求める声が高まっている。
社会が男性にイクメンとなることを求める理由は、育児という素晴らしい機会の共有、そして女性活躍社会の実現のため、として語られる場合が多い。

たしかに男性がイクメンとなることにより配偶者への負荷集中が避けられ、配偶者の離職抑止効果が期待できるだろう。しかし当の男性自身にとってイクメンとなることは、仕事に割ける時間の減少や、それに伴う自身の社会的地位への影響などが懸念されるものではないだろうか。

このように、社会では推奨されつつも当事者にとってはハードルが高く感じられるかもしれない「イクメン」となることは、実際のところ男性自身にとってメリットがあるものなのだろうか?

本コラムにおいては、イクメン戦略の優位性について動物社会の事象から考察してみよう。


~検討~

動物におけるオスの子育てへの関わり方は、その種や生態によってさまざまである。

たとえば、ライオンのように天敵の脅威が少なく、メスのみでも最低限の餌を確保できる種であれば、オスが育児に関わらずとも子の生存率は高いままである。
このため、オスは他のメスの獲得にエネルギーを費やすことが、より多く自身の遺伝子を残すために得策となる。

一方、鳥類などのように、天敵の脅威が大きくメスが餌の確保に労力を割けない場合、メスのみによる育児は子の生存率を著しく低下させる。このためオスは、メスと協力して育児をすることが自身の遺伝子を残すための得策となる。
この場合、オスの餌集め能力は子の生存率に大きく影響するため、メスは餌集めの上手なオスを選ぶ傾向にある。人間でいうところの収入重視の視点である。

このように様々あるオスの行動は、育児に全く関与しないものから、メスと完全協力型まで様々であるものの、彼らの生態に応じて「自身の遺伝子を多く残せるか否か」という基準でそれぞれの戦略が採用されている。

それでは、オスの方がメスよりも育児に関与する場合、オス・メス間の関係性においては、どのような現象が起きるかご存じだろうか?
また、その場合オスにとってはどのような利点が生じるのだろうか?

以下では、イクメン戦略を徹底させたある動物の例から、イクメン戦略の優位性について検討してみよう。


~イクメン戦略と、メスによるオスの争奪戦~

【タツノオトシゴのイクメン戦略】
皆さんもご存じのタツノオトシゴ、実はオスだけが育児をするという事実をご存じだろうか?
ここではパイプフィッシュという、タツノオトシゴの仲間を例に、そのイクメン戦略を説明してみよう。
以下の図はパイプフィッシュのオスである。タツノオトシゴの仲間は皆、オスのみが図に示すような育児嚢とよばれる袋状の器官を持っている。[1]

1パイプフィッシュのメスは、この育児嚢に卵を産み付ける。
そしてオスは育児嚢の中で卵を孵化させ、さらに育児嚢内の血管から栄養を供給してある程度の大きさの稚魚になるまで育て、その後稚魚を出産する。[2]
つまり、パイプフィッシュのオスはワンオペ育児(一人で、つまりワンオペレーションでの育児)を担っており、出産育児においては大きなコストを払っている。

この結果、パイプフィッシュのメスにとっては、出産育児を担ってくれるオスが貴重な資源となり、メス同士の間でオスをめぐる競争が生じてメスはオスに求愛行動をとる。
すなわち、オスがメスを選ぶという逆転現象が生ずるのである。

【パイプフィッシュのオスはどんなタイプがモテるのか?】
では、パイプフィッシュのオスはどんなタイプがメスから好まれるのだろうか?
それは、子孫を残せる率が高いか否かという観点から判断される。その結果、メスは高い育児能力を有すると思われる、できるだけ体の大きいオスを求めるとされている。

なぜなら、オスは体が大きくなるほど多くの精子を放出するため受精率および孵化率が高くなるからである。[3]
また、体が大きくなるほど育児嚢の容積が大きくなるため、多くの卵を育て、かつ、各稚魚へ十分な栄養を与えることができる。このため、体の大きいオスほど一度に多くの子をより良い環境で育てることができると思われる。[4]

【パイプフィッシュのオスはどんなメスを選ぶ?】
では、メスを選ぶ立場のオス達は、多数のメスの中からどんなメスを選ぶのだろうか?
実はオスも、子孫を残せる率が高いか否かという基準で体の大きいメスを好むとされている。なぜなら下の図に示すように、メスの体が大きくなるほどメスが出産する卵1つあたりのたんぱく質含有量が増加する傾向にあり、体の大きいメスほど卵の孵化率や生存率が高くなると考えられるためである。[5]
このように、選ばれる立場であるメスは、その形質をオスから厳しく判別されているのである。

2【タツノオトシゴの戦略から見えること】
パイプフィッシュをはじめとするタツノオトシゴの仲間達がなぜこのような戦略を採用するかというと、タツノオトシゴは産卵数が他魚類と比べて少なく、子の死亡率の高い時期(卵、稚魚)を育児嚢内で保護し育てることで子の生存率を上げる必要があるためである。

しかし、メスのみが出産のみならず育児まで担うことになると出産回数や卵数が減ってしまい、結果としてオス・メス双方が子孫を残す機会を逸してしまう。
このため、オスが育児に大きなエネルギーを費やしてメスのエネルギーのロスをカバーすることになったと考えられている。

そしてその結果、オスは厳しい配偶者資源獲得競争にさらされることなく、反対にメスを選ぶ立場になったのである。


~人間社会でのイクメン戦略の意義~

それではこのようなイクメン戦略、人間社会では優位な戦略と言えるだろうか?

おそらく、古い時代の原則として女性が働かない社会においては、イクメン戦略はさして優位なものではなかっただろう。
なぜならそのような時代は、女性が社会での労働に費やすエネルギーが低く、出産育児に費やすことが可能なエネルギーの上限が高かった。
このため、女性が出産育児にかけられるエネルギー上限による制約よりも、男性の稼ぎが育児により損なわれることの方が、多くの子を産み育てることへの阻害要因になっていたからだ。

では、男女同じ条件で社会での労働に従事するようになり、共働き率が増加しつつある現代ではどうだろうか?

現代の働く女性は、そのエネルギーの多くを労働による収入獲得に充てている。
このため、子を有することとなった場合に自身や子の生育に必要な世帯収入は高い水準で維持できるものの、出産育児に費やすことのできるエネルギーの上限には影響が生じる。
このため、そこに出産育児も全て担うこととなると、パイプフィッシュのメスのように出産育児にかけられるエネルギーの上限が子(遺伝子)を残すことの阻害要因となり、子の数を増やすことが困難となる可能性が大きい。

このため、男性が育児にエネルギーを費やすことでその阻害要因を除去し、結果的に男性・女性双方がより多くの遺伝子を残しやすくなると思われる。

このような状況下においては、配偶者選択の場面における男性の「育児能力」という資源価値が高くなる。
この結果、古くにおいては女性を競争資源としていた側である男性が、イクメン戦略を採用することで女性にとっての競争資源になるという効果が見込まれるだろう。

このように、共働き率が急増している現在の日本社会における「イクメン」戦略は、ただ単に社会の流れや、配偶者を助けるため・・・と、他者のみに有益なものではない。
「働く女性」という配偶者候補の母集団が増えつつある人間社会において配偶者の獲得競争に打ち勝ち、かつ自身の遺伝子をより多く残すという利己的な意味においても、男性にとって有益な戦略の一つなのである。

そして女性達にとっては、育児へのエネルギーを分配できるというメリットだけでなく、パイプフィッシュのメス達のように女性自身が厳しい配偶者獲得競争にさらされるというリスクも潜在する、有益でありつつも留意の必要な戦略なのである。

※引用
[1] 参照: Parental Care in Fishes | Zoology Notes
[2] Seaweed pipefish Berglund  Rosenqvist 1993
[3] Reproductive allocation in Aidablennius sphynx (Teleostei, Blenniidae): females lay more eggs faster when paired with larger males
[4] Relationship Between Male Size and Newborn Size in the Seaweed Pipefish, Syngnathus Schlegeli 渡部諭史
[5] Reproductive compensation in broad-nosed pipefish females Published 27 January 2010.