コラム

専門家と非専門家の間

~最高裁判所裁判官の国民審査から~

2017-12-28掲載

 2ヶ月前の2017年10月22日、衆議院選挙が行われた。野党第一党であった民進党の分裂、希望の党への合流、立憲民主党の結成など、特に野党側にとって激動の選挙であったと思う。
 逆に、約70年来まったく激動でなかったのが、同日に行われた最高裁判所裁判官の国民審査である。国民審査は、日本国憲法の国民主権の下で、立法府(国会議員選挙)、行政府(その国会が首相を指名)とともに司法府人事に国民が関与できる制度であるが、これまでの長い歴史と同様に今回も、裁判官が罷免されることはなく、全員が信任されて終了した。
 
 国民審査はほとんど誰からも意識されることなくひっそりと終了してしまったが、投票日に向けては、衆議院選挙のように街中にポスターが貼られることは無いものの、選挙公報同様に「審査公報」が発行されている。この審査公報には、各裁判官の略歴、最高裁判所において関与した主要な裁判、裁判官としての心構えが記載されている[*1]。また、誰の話題にものぼらないが、ネットやテレビで、各裁判官のプロフィールや主要な裁判が紹介されていた。
 確かに、司法についての専門知識があり、時間の余裕もあるごくわずかの国民にとっては、このような情報をじっくり読み聞きして、各裁判官の関与した様々な裁判を踏まえ、総合的に罷免の可否を判断することが出来るのかもしれない。
 しかし、多くの国民は、司法の知識もなく、時間も関心も、国民審査があること自体の認識もない。もし、各裁判官が関与した裁判がまとめられた情報を見ることが義務だと言われても、裁判官も裁判数も多く、「で、どう判断したらいいの?」「個別の裁判で下した判決は分かったとしても、全体的に見てこの裁判官をどう評価したらいいのだろう?」「それで罷免するほどのことなのだろうか?」とギブアップしてしまうことも多いのではないだろうか。
 何かもっと、時間をかけずに簡単に、関心をもって、国民が裁判官について判断できる方法は無いものか?

 実は米国では、連邦最高裁判所の各裁判官がどのような信条・価値観を持っているかといった立ち位置(イデオロギー)を推定する方法がいくつか開発されている。例えば、アンドリュー・マーティンとケヴィン・クインという2人の政治学者は、各裁判官が下した判断(判決における多数意見、反対意見など)を統計分析し、各裁判官が保守的なのかリベラルなのか、また、どの程度保守的あるいはリベラルなのか、が分かるマーティン・クインスコアという数値的指標(たった1つの数値で示される指標)を開発した。さらには、この指標の推移を見れば、現在の立ち位置だけでなく、過去から現在までにどのように立ち位置が変化してきたかも分かるという[*2]。

 マーティン・クインスコアは過去~現在の状況を示すものであって、未来を予測するものではない。しかし、統計モデルに基づいて米国最高裁判所の裁判結果を予測するといった試みもなされており、大学教授や弁護士といった司法の専門家よりも高い精度で予測することが出来たといった報告もある。その結果は、司法の専門家は59%の正答率だったのに対し、わずか6要因のみを考慮したその統計モデルの正答率はそれを上回る75%だったという[*3]。

 話を日本の最高裁判所裁判官の国民審査に戻すと、極論を言えば、各裁判官が関与した裁判の内容や経歴を一切見ずに、マーティン・クインスコアのような数値的指標において、より保守的な立ち位置だと示された裁判官に☓をつけて(あるいは、よりリベラルな立ち位置だと示された裁判官に☓をつけて)、罷免を希望するといった判断をすることも可能かもしれない。
 このような統計分析の発達している米国では、このような数値的指標による判断方法が国民審査のたびに大いに活用されているかというと、残念ながらそうではない。日本とは異なり、米国連邦最高裁判所の裁判官に対しては国民審査という制度はないため、国民が司法府の人事に関与することがそもそも想定しえない状況になっている。ちなみに最高裁判所裁判官は大統領が任命するが、その大統領に罷免権はなく、任期もないので、連邦議会での弾劾裁判で罷免される場合を除いて、自身の引退や死亡まで在任する。2017年現在の最長在任者は30年にもなる。

 一方、このような数値的指標による簡単な判断方法は、司法の非専門家である多くの国民が短期間での判断を迫られる国民審査制度のある日本にこそ向いているのではないか。もちろん、ネットのつぶやき程度で世論が大きく動く現在、このような1つの数値的指標だけで罷免の可否を判断するのは危険が伴うだろう。
 そのため、指標の作られ方に対する正しい知識を持っている人による情報発信、指標の数値の良し悪しを(たとえワイドショー的であっても)論じる場が多数あること、最高裁判所裁判官の経歴や判例が国民の関心事になること、そして万が一罷免される裁判官が出た場合の世間での評価の仕方が過激になり過ぎないこと、罷免された裁判官の再チャレンジや名誉挽回の機会が用意されることなどが大切になると思う。
 以上のことが時間をかけてであっても実現するなら、数値的指標による判断方法は多くの国民に適切に活用され、生活から縁遠い司法府と国民の間を有意義につなぐ手段となるのではないだろうか。(終)


[*1]例えば、宮城県選挙管理委員会 最高裁判所国民審査公報
https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/646844.pdf
[*2]Martin-Quinn scores
  http://mqscores.berkeley.edu
[*3]イアン・エアーズ『その数学が戦略を決める』第5章 5.0 裁判の結果を当てる
6要因の内容は、(1)裁判官の出身巡回法廷(2)裁判の争点領域(3)原告の種類(4)被告の種類(5)下級法廷判決のイデオロギー的な方向性(6)被告がその法律や判決を違憲だと主張しているかどうか、である。