コラム

テニスから「ブーム」を考えてみる

かつて日本にテニスブームというものが、大きく2度ありました。

2016-01-27掲載

2015年の一番好きなスポーツ選手は、テニスの錦織圭選手だそうです(同年7月、全国20歳以上1212人。中央調査社調べ)。見るスポーツとしてもテニスはプロ野球、サッカーに次いで3位、相撲やゴルフより上にあります。テニス選手にとって五輪以上に大切な四大大会(全豪、全仏、全英、全米)のみならず、錦織が世界を転戦して出場しているほとんどの試合の放映権が、テレビ各局で争奪戦になっています。その一方、ほとんどの人が、日本人男子の2番目に強い選手も、一番強い日本人女子選手も、知りません。松岡修造さんが錦織と比べてどの程度のテニス選手だったかも知らないでしょう。

 同社が行った2001年の調査結果では、テニスの選手は松岡修造の19位(引退後)だけ、テニスというスポーツは8位です。錦織は全国小学生チャンピオンとして才能を注目され始めたのがこの年でしたが、注目していたのはテニス関係者だけ、テニスファンにすらまったくの無名でした。

かつて私は、1999年の夏に当時の会社の広報誌に調査レポート「負け組・テニスに未来はあるか」を発表し、テニス雑誌にも取り上げられ、それが縁で日本テニス協会の広報活動を現在もほんの少々のお手伝いしています。約15年前、イベント興行としてもレッスンなどのサービス業としても用具販売としてもどん底だったテニスの状態を思うと、昨今のこのテニスブームは、感慨深いものがあります。

かつて日本にテニスブームというものが、大きく2度ありました。一度目は現在の天皇皇后両陛下が「テニスコートの恋」と言われて憧れとなった1960年頃。二度目はテニスが若者ファッションの一部として語られ、人気歌手がテニスウェアで歌うこともあった1970~80年代。どちらの時代にも、世界トップに通用する日本人のテニス選手はいませんでした。

そして錦織ブームの今、子どもたちがこぞってテニスをはじめているかというと、どうもそうではないようです。それが実は日本テニス協会の悩みだったりするのですが、要するに錦織は子どもの憧れではなく、親たちの憧れだというのです。第二次テニスブームを若者として体験した40歳前後の人たちに再び火がついていて、その子どもたちに選択肢として前面に推奨されている、ということのようなのです。自分がテニスを再開するにあたって子どもも誘う、子どものやる・やらないにかかわらず自分が再開する、というのが現状の、「見るテニス」「やるテニス」のブームのようです。

以上の話は、統計データは手元にありませんが、関東最大手のテニススクール事業者の役員が、私を含むテニス関係者の前でこの
2年くらいずっと話していることなので、はずれてはいないでしょう。蛇足ですが、肝心のその大人たちは、体が衰えているのに急にテニスを再開するものだから、肘や膝や腰を故障して、アキレス腱を切る人も多くらしくて、テニスはいったんお休み、スクール生の急増も一段落した、というのが1年前に聞いた話でした。笑うに笑えません。

ブームの実態は何か、どう洞察するとわかるのか、誰から誰までがブームで、どの市場に火がついていて、どの市場はすぐ火が消えるのか、それはある程度経験則からわかることです。シンクタンクは社会トレンドの予測を当てることが主な仕事ではありませんが、専門知見を持てる産業分野・政策分野ならば、ブームと市場の趨勢の仕組みについて的確に事実を認識し、他の分野も含めた経験則から、次に起きることを複数の可能性で提示する、という役目も必要でしょう。

そこで論じる題材は、硬いものも柔らかいものも根本的な差はないと感じています。テニスも立派な経済活動です。メディアビジネスであり、レクリエーションビジネスであり、ファッションであり、そしてパラリンピック競技「車いすテニス」の確立したユニバーサルデザインの一領域でもあります。

ブームとは薄情なものです。最初にご紹介した調査結果も、錦織が怪我で長期離脱したり、何年かして引退したりしたのちには、あっという間にテニスは上位から消えていくでしょう。ブームをいかにうまく利用して、そのタイミングに集中して、真のファンを増やせるか、がどんなビジネスでも必要な、がんばりどころです。

みなさんのビジネスは、どうですか?
(了)