コラム

消えていく、日本の地名の香り豊かさ

日本の地方・地域名、地域を代表する山や川の名前、どれくらい思い浮かびますか?

2016-11-10掲載

 日本の地方・地域名、地域を代表する山や川の名前、どれくらい思い浮かびますか?

 2016年7月には先進国首脳会談「伊勢志摩サミット」がありましたが、三重県にある「伊勢」も「志摩」も明治以前の旧国名です。世界に報道された「Ise-Shima」でしたが、今後おそらく、社会常識として旧国名・地域名・山や川の地名と、日本地図上の場所とが結びつかない日本人が確実に増えていくのだろう、それは残念なことだ、と私は思っています。

 古い地域名は、当たり前ですがその地域に多少なりとも残っているものです。「置賜(おいたま・おきたま)」「三八上北(さんぱちかみきた)」のように天気予報での地域区分や、「尾張一宮」「会津若松」のように地元の駅名に残っているケースが多いです。しかし、2000年前後に進んだ市町村合併(約3,300が約1,800になりました)によって、たとえば「岩代(いわしろ)」「三河」「石見」などの旧国名は、部分的に使われているものも含めて自治体名から‘絶滅’し、歴史的経緯等をふまえない名前の新自治体名が様々にできました。

 

 私が記憶に残しているこの40年少々で、「地域の地名・古い地名の香り豊かさが、激減するに至った分野」を2つご紹介します。

 

 一つは大相撲力士のしこ名です。伊勢志摩サミットが行われたタイミングでたまたま新十両に昇進して出身地をしこ名につけ「志摩ノ海」と改名した力士がいます。給料がもらえる一人前の大相撲力士(幕内・十両)計70人中、本人の出身地など「地元」の名がついている力士はわずか4人と5.7%(2016年7月場所現在。注1)。うち旧国名は「隠岐の海」「北播磨(注2)」「志摩ノ海」だけです。一方40年前の1976年7月場所で見ると62人中11人と17.7%、当時の横綱も地名を冠した「輪島」と「北の湖」でした。「鷲羽山」「三重ノ海」「青葉城」「黒姫山」‥‥地域の香りたっぷり、地元出身力士の応援にも力の入るしこ名の力士たち。ただし意外にも旧国名に由来するのは「播竜山」「琉王」だけでした(注3)。

 

 もう一つは、国鉄・JRの列車名、とくに急行列車の名前です。現在のJRには「急行」という区分は消滅して「特急」だけになりましたが、それとともに列車の名前も地域の香りのしない、抽象的なイメージを想起するものばかりになってしまいました。2016年7月現在、新幹線を含む定期運行の特急列車93種類(注4)のうち地元の地名に関わる名前は46種類(注5)と約49%。一見多く思えますが、1976年7月現在では特急・急行列車233種類のうち184種類と約79%にのぼります。地域の名前とともに消えていったほとんどの列車が、沿線風景を想起させる急行列車、そして旅情をかきたてる長距離の夜行列車でした。私が学生時分に寝台ではなく座席のまま夜通し出かけて行った「八甲田」も「能登」も、幼児の頃に引っ越しで新天地へ乗っていった「くりこま」も、もうありません。

 

 相撲と列車。私が40年来趣味にしてきたこの2つの分野が、「地名の絶滅」という共通点を持っていたことに、この齢になって初めて気づいた次第です。どちらも地域の香りを大事にし、大都市から魅力を感じ、地元から応援する気持ちのこもった名前だったのです。そんな中で、実はこの関係なさそうな2つをブリッジした唯一のケースがあります。現代の大相撲で横綱に最も近付いた「大・大関」、魁皇(現・浅香山親方)の名前を冠したJRの特急「かいおう」が、魁皇の出身地・直方(のおがた・福岡県)と、博多の間を毎日走っています。実は魁皇のしこ名の由来も、師匠のしこ名「魁輝」と直方の古い漢字「皇方(のうがた)」から1文字ずつとったものでした。そして現代の日本経済の中で決して元気とは言えない元・炭鉱都市の直方で、魁皇が相撲に勝つと、毎日花火が上がっていました。

 

 名前を通じて地域を知り、感じ、愛すること。地方創生や一億総活躍の掛け声よりも、ふるさと納税をめぐるお得景品の比較よりも、私たちが大事にしたほうがよさそうな古めかしいことは、まだたくさんあるような気がします。

 


 脚注

注1:所属部屋名に由来する「出羽疾風」は除いた。外国人だが出身地に由来する「阿夢露」     (あむーる)も除いた。「妙義龍」の由来は妙義山とは無関係のため除いた。また「富士」のつく力士に富士山周辺を地元として由来になっている力士はいない(過去の「富士錦」「富士櫻」などがこれにあたる)。

注2:Web表記上「播」を用いたが実際は「てへん」が「いしへん」になった、常用漢字外の文字を使用。

注3:輪島は本名だが輪島市出身。北の湖は北海道の洞爺湖畔出身。播竜山は兵庫県、琉王は沖縄県出身。

注4:「○○/スーパー○○」「モーニング○○/ミッドナイト○○」などで分けられる列車名は1種類と数える。臨時運行を除く。土日運休(びわこエクスプレス)は含める。

注5:直接的・便宜的に行先を示した「成田エクスプレス」「ハウステンボス」「モーニング/ミッドナイトEXP高松」「モーニング/ミッドナイトEXP松山」「ホームエクスプレス阿南」は除く。また「とき」「くろしお」「踊り子」など明らかに地域をイメージさせるが具体的な地名を指していない場合や、「北斗」など列車名が自治体名改称より前からある場合、は除く。


参考文献

『JTB時刻表』2016.4号(JTBパブリッシング)

『1981年版 国鉄の花形列車』(鉄道ジャーナル社)

日本相撲協会ホームページ

月刊誌「相撲」昭和51年7月場所総決算号(ベースボールマガジン社)