コラム

技術者も「売れる製品」を考えよう!

研究者や技術者が今よりも「売れる製品」を発想できるようになるにはどうすればよいのでしょうか?

2016-12-05掲載

 「青色LED」に関する研究開発物語は、これまで見聞きした数ある話の中でも研究者像に対する自身の考え方を見直すキッカケとなった「事件」であり、印象深いものであった。発明の対価等を争った「中村裁判」[1]は、第一審において、発明に対する対価の判決額が200億円という、とてつもなく大きかった[2]ことも影響しているように思われる。

 青色LEDに関するいわゆる「中村裁判」を通じて定着した中村氏の世間像としては「企業と闘った人」というのが一般的であろう。

 ここでは、中村裁判の判決の妥当性や賛否は問わない。それよりも、中村氏が企業の研究開発者として、営業部からの情報を鵜呑みにすることなく、自ら情報を収集し、何が「売れる製品」なのかを考え抜いたことに注目するべきだ、と考えている。

 私自身は社会人となった以降は、メーカの製造・製造プロセス開発という業務に従事してきたため、研究に携わったのは大学・大学院時代のみであった。大学院時代はガリウムヒ素という半導体材料を研究対象としていたこともあり、同じ半導体分野の新たな技術内容に興味を覚えた。特に青色LED発明の最大のブレイクスルーと中村氏が言う[3]MOCVD(有機金属気相成長)装置を用いたツーフロー方式の研究開発過程は、悪戦苦闘の日々であったという。当時の私は失敗の連続でしかない研究という営みの中に身を置いていたため、とても勇気づけられる話であった。なお、私の研究については、修士修了間際に競争相手である海外の研究所から先に論文を出され、完全敗北を悟った経験も今では笑える居酒屋談話である。

 一方で社会人になると、青色LEDに関する技術的側面よりも、企業研究者である中村氏が自ら「売れる製品」の研究開発テーマを探索し、研究開発ターゲットを絞り込んだ行動に注目するようになった。中村氏は自身の著書の中で、営業部隊に「売れる」と提案を受けた製品の開発には成功したが、結果的にほとんど売れず、社内で肩身の狭い思いをしていた[4]。そして前述の通り自ら何が「売れる製品」なのかを考え抜いていった結果として青色LEDの開発にたどり着いた、と記述している。

 では、研究者や技術者が今よりも「売れる製品」を発想できるようになるにはどうすればよいか?「マーケティング」の技法がその一つの答えになるのではないかと筆者は考える。東京理科大学専門職大学院MOTの徳重桃子教授は『なぜ、日本の技術者たちは「iPhone」を作れないのか?』という記事の中で技術者が「ベネフィット」を考慮することの重要性を指摘する。[5]「ベネフィット」とは製品のスペックの良し悪し(機能)ではなく、機能を通じて得られる「ありがたみ、満足、便益」のことを意味する。徳重教授は機能や技術をベネフィットへ翻訳するのは、機能や技術がわかっている技術者が向いている、と言う。

 確かに、自社の技術について習熟している技術者は、同時に技術的制約条件として「何が出来ないか」についても理解しているということであり、製品をつくりあげる上で労力や開発費の無駄を省くことが できる。

 本稿では拙速に企業研究・技術者もマーケティングを習得すべきだ、という結論を出すつもりはない。そもそも、本稿で示したような「青色LED」と「発売当初のiPhone」では、「製品を実現できれば売れることが確実視される市場」と「製品にニーズがあるのか分からない市場の発掘」という決定的な違いがあり、いっしょくたに語ることも難しい。しかし、それでも技術者がマーケティング等の知識を用いて「売れる製品」を考える姿勢は大切ではなかろうか。

 筆者はいわゆる「理系」の道を歩んできたが、これまでは、研究室のボスやメーカの上司に言われるままに足元の課題解決の道具としてしか技術を考えてこなかったような感が否めない。もう一度、「こんなことできたらいいな♪」という理系の道に生きるものの原点回帰をするべく、技術開発現場から離れたシンクタンクという業界で日々過ごし、技術調査に携わりながら、技術開発のあり方について思索を続けている。


脚注

[1] 中村修二 『ごめん! 青色LED開発者最後の独白』 ダイヤモンド社

[2] 平成13年(ワ)第17772号  特許権持分確認等請求事件 2004年1月30日 東京地裁 判決

[3] 中村修二『怒りのブレイクスルー「青色発光ダイオード」を開発して見えてきたこと』集英社文庫

[4] 中村修二「負けてたまるか!」朝日新聞社

[5] 徳重桃子 『なぜ、日本の技術者たちは「iPhone」を作れないのか?』 http://diamond.jp/articles/-/62278