コラム

たった7%ですべてを表現する特許実務

~「考え」を正確に文章にするのは簡単ではありません~

2016-03-01掲載

 皆さんは「メラビアンの法則」をご存じですか?カリフォルニア大学ロサンゼルス校のメラビアン教授が提唱した法則です。簡単に言うと、人が他人に及ぼす影響として、話の内容などの言語情報が7%、口調や話の速さなどの聴覚情報が38%、見た目などの視覚情報が55%の割合であるという心理学の法則です(詳細は”Nonverbal Communication(2007)”, Albert Mehrabian を参照下さい)。法則の詳細はもう少し複雑なのですが、要するに「見た目の第一印象が大事」、「話の内容の正確性よりも話し方のテクニックが大事」と解釈してよさそうです。そして実際に、就職や転職活動の面接セミナーや営業パーソン向けセミナーでは、服装や声のトーンに気を付けましょうといった指導がなされています。

 メラビアンの法則は対面によるコミュニケーションを前提として成立します。それでは、対面のコミュニケーションではない文章だけの手紙のやり取りはどうでしょうか?メラビアンの法則は当然成立しません。手紙の読み手には、「書き手の見た目の第一印象」や「書き手の口調」は全くわからないからです。読み手に分かるのは、手紙に書かれている文章だけです。つまり、手紙では、メラビアンの法則でいうところの7%の情報量で他人に自分の全部の考えを伝えなければならないことになります。

 しかし、現実には、手紙で自分の考えを伝えられる情報量は7%もありません。なぜなら、メラビアンの法則でいう7%の言語情報は話し言葉であり、手紙に書かれるのは書き言葉だからです。頭で考えていることを口で話すのと、頭で考えていることを多数の単語の中から適切と思われるものを選択し、文字に変換しながら文章にする作業では、圧倒的に後者(書くこと)の方が制限を受けるでしょう。しゃべる時ですら自分の考えを上手く表現できないのに、いわんや書くときにおいてをや、ということです。したがって、手紙で文章を書きながら、自分の考えを他人に正確に伝えることは非常に困難であるといえます。このことは、手紙だけなく、書類でも本でも同じことです。

 このことを踏まえて、特許実務の仕事に話を移したいと思います。「発明」とは「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(特許法第2条第1項)と定義されています。つまり、「発明」=「思想」であり、出願人(発明者)の「考え」であると言えます。特許制度においては、書面主義が採用されています。書面以外の説明・説得の機会が原則として与えられていません。したがって、出願人は、特許権を得ようと思ったら、自分が見出した「考え」を大量の文章といくつかの図表にした書類を作成して特許出願を行います。審判官や裁判官が関与する場合もありますが、書類を読んで審査するのは特許庁の審査官です。彼らに自分の「考え」を書類で正確に伝えることが、出願人の努力のすべてになります。

 私の経験上、この「考え」が上手く正確に表現されている特許出願書類ほど、他者から侵害されにくく、広範な権利範囲を持つ特許権になるように思います。しかし、上記のとおり、「考え」を正確に文章にするのは簡単な作業ではありません。どのようにすれば、出願人(発明者)の「考え」を正確に他人に伝えられるような文章にすることができるか?この悩みは、特許実務に従事する関係者の永遠の課題ではないでしょうか。(了)