コラム

頭に潜む厄介者

人は、何かの情報にいったん触れてしまうと、その情報がない状況のことを想像し難くなるようです。

2016-08-23掲載

 だから、そう言ったのに・・。

 事前の忠告に耳を貸さない人に対してそんな言葉を吐いたことはないでしょうか。確かに、自身の豊富な経験や冷静な分析力によって将来を予想し、その予想が間違っていなかったことも多々あるとは思います。しかしその一方で、人間の脳は物事を事後的に分析する際、一つの陥りやすい傾向があるのも事実のようです。

 その傾向とは、後知恵(あとぢえ)です。

 ひとつ面白い実験をご紹介します。複数の人にクイズ番組の問題を見せてどのくらい正答できるか予想させた場合、問題のみを見た人たちは、問題と答えを同時に見た人たちに比べ、その問題はかなり難しいと考える、という結果になりました[1]。つまり、いったん答えがわかってしまうと問題が簡単に思えてしまい、答えを知らない人にとってその問題がどれくらい難しいかを判断できなくなる、というわけです。これはまさに、問題の答えを知ることによって後知恵が働いた状況に他なりません。事前の予想が当たったことを受けて、だからそう言ったのに・・という言葉を吐こうとする際、その予想が間違う可能性もゼロではなかったことに考えを巡らせることは、実はそう簡単ではないのかもしれません。

 下種(げす)の後知恵ということわざがありますが、人は(下種であれ何であれ)、何かの情報にいったん触れてしまうと、その情報がない状況のことを想像し難くなるようです。つまり、現実に起こったある情報が頭に入ると、その情報を知っていたことが過去を分析する際の思考の前提となってしまい、事実が発生したことがあたかも必然であったかのように勘違いしてしまいがちなようです。

 さて、特許に関する実務においても、注意しなくてはならないことの一つに、この後知恵があります。ある発明を特許にしたい場合には、その発明が先に公開されている他の発明よりも優れるポイントをアピールしなければなりません。このため、特許にしたい発明と他の発明とを正確に比較し、その優れるポイントを的確に把握することがまず必要となってきます。

 しかしながら、特許にしたい発明を認識したのちに先の公開発明を見てしまうと、上述の実験と同様、問題と答えを同時に知った状況となるため、特許にしたい発明が持つ優れたポイントを見誤る可能性があります。この点については特許庁も気づいており、特許出願の内容を審査する審査官への訓示として以下のような記載があります[2]。

 「審査官は、請求項に係る発明の知識を得た上で先行技術を示す証拠の内容を理解すると、本願の明細書、特許請求の範囲又は図面の文脈に沿ってその内容を曲解するという、後知恵に陥ることがある点に留意しなければならない。」

 後知恵・・・何という厄介者でしょう。しかし、人は生きている限り、この厄介者と上手く付き合っていかなければなりません。そのために恐らく大切なのは、この厄介者が誘惑の目でいつも頭の中に居座っているという事実を忘れないことではないでしょうか。特許実務を行いながら、この厄介者に振り回されないよう引き続き注意していきたいと思います。


脚注

[1] ダニエル・ギルバート(著)、熊谷淳子(訳)(2007)「幸せはいつもちょっと先にある 期待と妄想の心理学」早川書房

[2]特許庁「特許・実用新案 審査基準」第III 部第2章第3節 新規性・進歩性の審査の進め方 3.3